厄を落とす


今日という日は今日で終わり。明日は、また違う一日が始まる。 去年と同じような太陽が昇り去年と


同じような風が吹いている。 でも明らかに去年の今日と、只今、今日この日は違うものだ。


すべての物が刻々と変化している。  変化のない毎日のように見えて実は地球の軸が回転し


太陽の周りを移動する速度で変化を繰り返している。  そんな世界に我々は生きているということを


改めて認識したい。  その中で我々は空手の稽古を積んできている。 


暑い日も寒い日も同じことを繰り返す。  刻々と変化する中で変わらない同じことを繰り返すことは


実は意外と難しい。 そのことにこだわる。そしてそのことを極める。そんな姿勢がなければ続くものではない。


人は生まれ、成長していく。 そして出会いがあって結婚し子を宿す。 子を産むと親として成長することを


求められ、やがて老いて土に還る。 その過程は多くの場合ほぼ同じである。但し、どのような姿勢で生きて


どのような経験を積むかは人によって差がある。  楽しいことばかりの人生であって欲しい。 いい事だけが


起って欲しい。お金に苦労せず、病気もなく、事故もなく生きたい。 それが本音だ。


しかし、それが満額叶う確率は低い。


ならば苦労があって、涙して、汗して生きることになると腹を括らねばなるまい。


空手の稽古は楽ではない。  苦労の連続だ。伸びない筋を伸ばし、硬直する関節を無理やり


柔らかくしようとする。  そして何度も同じ動作を繰り返す。  決して楽しいものではない。


それが空手の稽古だ。  しかし私は空手の稽古は「厄落とし」だと捉えている。


楽しい事やいい事ばかりが起ると、その反動が必ず来た。  そして苦しい事が続くといつかきっと


生きて居て良かったと思う日に出会った。  その繰り返しを経験する中で私はこう思うようになった。


「ならば稽古の中で先に苦労をしておこう」と。  そう思って生きていると日常の中でいい事はそのまま起こり


辛い事は稽古で先取りした分、日常生活のそれは減ったように思えた。


つまり、人生、いい事と悪い事は同じ分しか起こらないようになっているのだ。


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