いじめ


今日の朝日新聞でいじめの連載が終わりました。 どうしたものかと思える意見・コメントがあって読んでもしようのない


ものかと思っていると中には読むに値するコメントもありました。それぞれ34人一人一人の思いなのでしょう。中でも


面白いと思えたのは昨日の姜 尚中さんと、今日の春名風花さん。春名さんは小学校6年生。しかし文章はとても小学生


のものとは思えません。おかあさんが書いてるのかもしれませんが、たとえそうだとしても、書いてることに共感できます。


「いじめる子供はいじめているとは思ってません。自分より弱いおもちゃで遊んでるだけです」。これは春名さんの言葉。


その通りだと思います。 だからいじめはなくなりません。今回連載に協力された多くの方は大人目線でいじめを見てます。


経済学者は経済学者らしく。しかし難しくて分かりにくいので心に響きません。その他の方も過去の自分を振り返り「自分も


いじめられていた」という経験を書いてますが、みなさん著名人です。成功してる人の目線で問題を考えているので、


こうすればいいのにという書き方で終わってます。実際には現場はどうなってるのでしょうか。 その現場はその現場


なりの問題があり、千差万別です。個別の捉え方しか通じないでしょう。決して、34名の著名人のコメントが意味を


なさないのではありませんが、ただ明確なのは、いじめはなくならないということです。日本以外ではもっとキツイ


差別に遭うでしょう。人間である以上どこにいってもいじめ、差別はついて回るということを忘れてはなりません。


しかし日本人は、決まって「いじめをなくそう」と言います。それはあり得ません。


朝の満員電車に乗ろうとして、ちょっとした隙間を見つけて足を入れると乗客たちの迷惑そうな視線を受けます。しかし


乗ってしまうとこっちのもの。そこで今度は、更に押し込んで乗り込もうとする人が来ると迷惑そうな顔になる自分が


います。もう入って来るなという具合です。自分が今、無理やり入って来たのに手のひらを反して入って来るなという


心理は、余裕がない社会では消えることはありません。今の日本、そしてアジア各地は発展しようと躍起になって


ます。自分が活きる為に余裕がない生き方をしている人が増えているかもしれません。特に勝ち上がること・のし上がる


ことを夢見ている家族には勝って行くための生き方が備わってきます。 いじめは日本でも外国でもなくなりはしません。


日本人は戦いが好きな民族です。もう1400年ちかく戦争をし続けて来ました。こんな小さな島国なのに韓国、中国、


そしてフィリピン、シンガポール、サイパンなどアジアの多くの地域を自分のものにしようとして来た特殊な民族です。


ところが、この戦いが好きな民族の過去67年間は、めずらしく、その片鱗も見かけることがなくなりました。しかし、


いずれ日本人は、また同じようなことを繰り返すでしょう。むしろ、このまま日本は戦争をしないと推測する方に無理が


生じるくらいです。この67年間で日本は平和になり豊かになりましたが、燻ぶってるものはいじめという形で現れてい


ます。それは小学生だけでなく、その先の中学校、高校、大学、そして一般社会でもいじめはなくなりません。それを


意識しないと「逃げて下さい」という一時しのぎの軽い言葉で終えることになるのでしょう。クールジャパンという番組の


司会者でもある鴻上さんは、いじめを受けてる子供に「逃げて下さい」と以前テレビで訴えてましたが、表面だけの言葉


のように思えてなりません。 今の日本社会には、どの年代でもいじめは消えることはありません。社会に出るともっと


陰湿かもしれません。ならばそれを乗り越え、打ち勝つしかありません。逃げてばかりいても何処かでもう逃げられない


場面が出てきてしまうはずだから、正直に受け止めるしかありません。子供には親がいますから、親が一つ一つの


出来事を見逃さず、また子供の心を見抜いて、子供のちょっとした変化を感じ取ることから始めるしかありません。


何か違いがあるとわかれば体を張って出るのは親の役目です。相手が強いと分かったとしても自分の子供を守る為


に戦うのは親の役目です。動物の親子と同じです。この社会をすぐに変えることが出来ない以上、親が子供を守るしか


ありません。心から子供を大切に思うなら「逃げて」などと決して考えてはなりません。逃げても逃げても同じ場面に、


いずれ出くわすことになるだけですから。親には責任があります。強そうな相手に体を張れる度胸が親にあって欲しい


ものです。その後ろ姿を見た子供たちは親を尊敬し、世の中の秩序を見出すはずです。これが大事だと思うのです。


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