出稽古


大学の体育会は剛柔流。 一浪して入った大学のオリエンテーションで楽しい

 

学生生活を夢見て、いろんな部活を見学していたら、いきなり両肩を抱えられて

 

連れて行かれた先が空手の道場。1977年は世の中はまだまだ強引でした。

 

自分でも分からないまま流れに任せていたら私の学生生活は空手一色の日々になって

 

いました。あれから42年。私はまだ空手を続けています。当時の同志社大学の

 

空手道部は流行りの漫画「ああ、花の応援団」をそのままを実戦していた理不尽な

 

体罰集団でしかなかったと記憶してます。試合では良くて2回戦。多くは初戦敗退。

 

せっかく浪人をしてまで入った大学なのに拳立てと腹筋、基本と組手としごき。

 

娯楽と言えば麻雀。「何かが足らない。」「これでいいんだろうか。」そんな毎日

 

を送っている時、噂が聞こえて来ました。「邪道空手の道場が新京極に出来たらしい」

 

行ってみると号令だけが聞こえて中がどうなってるのか分からない。道場が人だかりで

 

中が見えず熱気ムンムン。その日,興奮して本屋さんで買ったのが「大山倍達 わが空手修行」

大学の空手部はその日を限りに退部し極真会館の芦原英幸先生の道場に移ったのです。

 

石井先輩、中山先輩、伊藤先輩の指導を受けながら大学を卒業しサラリーマン生活を続け

 

転勤、結婚、子育てをしながらも空手は続け、神奈川に転勤してからも城西支部で極真を

 

続け、浜井派を経由し、いまだに仕事をしながら空手修行を続けています。

先日、坂本派の方より型稽古のご案内を頂いたもので7名を出稽古に出させて頂きました。

 

いい経験をさせて頂けた事に心より感謝です。自分自身いろんな経験をして来たので出稽古

 

の機会は積極的に皆にも味わってもらおうと思ってます。 井の中の蛙でいて欲しくないのです。

 

芦原英幸先生がどんな教え方であったのか、石井先輩の教え方の巧さ、中山先輩のバネの

 

ある蹴りはどんな練習で作られて来たのかは自分の記憶と体で感じた衝撃の中にあります。

 

全ては経験の中で養われるもの。出稽古もそんな経験を増やしていく為のいい機会。

 

坂本師範、道場スタッフの方々に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。


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