奇跡の連鎖


今、私は生きている。


57年前のこと、荒川が氾濫して埼玉県川口市が水浸しになったらしい。


そんな話を母から聞いたことがある。


「ちょうどお前がお腹にいる時だったよ。」


「腰まで水に浸かりながら善光寺のお寺さんに避難したんだ。大変だったよ。」


母から勉強のことを教わったことはない。 自由に育ててくれた。


幼稚園の頃、私はいつも暗くなるまで池や畑で遊んでいるヤンチャ坊主だった。


今、自分は生きている。


産婦人科の病院は産まれたての赤子と母親だけのものではないと、ある雑誌に書いていた。


心が疼いた。 十月十日を前にして死産に直面した母親の記事だった。


産婦人科の病院はエコーの音を楽しみにしている母親達の場所。


急に慌てふためく医者と看護師に責任はない。


赤子がいなくても産後の入院生活を過ごさねばならない。


その母親は、やがて家に戻り灰色の日々を過ごすことになる。


涙は枯れ笑顔が消えた日が過ぎる。


心の傷はすぐには癒えるものではない。


時は過ぎ、季節が変わって、ようやく心は笑いで緩むようになる。


ほんの少しの時しか一緒にいられなかったその赤子もやはりその母親を選んで


この世に来たのだろう。


今も昔も、人はみな奇跡の連鎖の中に生きている。


そんなことを思いながらその雑誌を閉じて、新聞に目をやった。


相変わらず下世話な記事が溢れていた。


三菱東京UFJの元エリート行員がお客の預金を横領して逮捕されたという。


元支店長代理はシニアファイナンシャルプランナーでもあった。


そして彼は横領したお金を自分の住宅ローンと遊興費に当てたらしい。


将来のライフプランに即した資金計画やアドバイスを行うファイナンシャルプランナーが


顧客の預金をだまし取る時代になってしまったのか。


これでは世も末ではないか?


その男、52歳 川口市在住とある。


52年前、彼の母親は産婦人科の病院で奇跡の出会いに涙したに違いない。


幸福とは何だろう?


他人からは貧乏で不幸な人生だと思われても、その人が自分の人生を振り返った時


「あれこれといろんな浮き沈みが確かにあって苦労もした。そして些細な喜びしかない


この人生でもまあこれでよしとしよう」と心底思ったとすれば、それは幸せな人生であった


のではないだろうか。そして何よりも愛する人が幸せであってこそ、その思いは強くなる。


この52歳の容疑者も奇跡の連鎖の中に生きている。


そして彼の母親は今でも彼を愛しているのだろう。


幸せはいつもそこにあるのに、人はそれに気づいていない。


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