浮草人生


お金に不自由せず、明日の食べ物にも悩むことのない幸せな家庭に育ち、好きなことを


思う存分させてくれる環境に浸り切るのもいい。


快楽三昧の生活が無縁の人生だったから、たまにそんな事を思う時がある。


フィットネスジムは年配の方々の憩いの場になっている。


定年を過ぎて老人ホームに入る迄の僅かの間、フィットネスジムやテニスで余暇を過ごす人が


増えているのかもしれない。 時間に縛られず金に糸目をつけず活きてみたいとつくづく思う。


ジムで筋トレをしていると、諸先輩方の悠々自適の生活が羨ましくなる。


悩みは人を成長させてくれるから逃げずに頑張ってみたら、とささやく声が聞こえる。


自分が好きで選んだ道でも、時とともに最初の意気込みは薄らいでくる。


そして次第に、つまらない人生だなと振り返るようにもなる。


果ては、こんなはずではなかったと悔やまれる。


人間である以上、その繰り返しだ。


そして毎日続ける練習は単調なものときた。


だから努力と忍耐がなければ続くものではない。


成り行きで始めたお稽古事も意気込みが薄らぐ時が来る。


人に勧められたお稽古なら尚更だ。


でもすべて最後に決めたのは他ならぬ自分なのだ。


そうだとするなら、これも自分の運命と心を定め、その稽古に打ち込むしかなかろう。


さもなければ中途半端な辞め方がお決まりの浮き草人間になってしまう。


周りに集まる原石を研くために私は鞍馬山の大天狗になると決めた。

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ダイヤの原石たちの躍動する瞳は私の魂に火を点けてくれた。


だから私は秋田のナマハゲにも、閻魔大王にもなろうと決めている。


これが私の魂が納得する生き方なのだ。


自分らしく生きる為に、今日も、そして明日も、岩肌をよじ登ろうと思う。


分からないなりにも挑戦し続ける事で3年後、5年後の人生が決まるのだから中途半端な


浮草人生にだけはすまいと心に決めている。


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