肩車


母親が言う。


「あんたは、ほんまに親不孝や。」


病床の息子は微笑みながら応える。


「ほんまや。」


親より先に逝くなんて。


今、出会う子供達に大きくなったら何に成りたいのと聞く。


ハッキリと言える子もいれば、もどかしそうにはにかむ子もいる。


そんな時に、私は心の中でいつも思っている。


「親不孝な子にはなるなよ。」


ニューヨークのロックフェラービルで取材を受けたダウン症の娘がいた。


「今迄登った一番高い所はどこかな?」


「お父さんの肩車」と答えていた。


ダウン症は千人に一人授かる大切な子なのだと誇りに思っていた父親は


彼女が14歳の時に他界した。


親が子の面倒を見れるのは、産まれてたかだた20年ほどしかない。


その間、保育園を探しに回り、小学校にあがれば一人で登校出来るかハラハラ。


高校、大学を考え塾を探し求めて、受験に一喜一憂する。


しかし、今は大学を出てもいい仕事が見つからない。


こんなはずじゃなかったとため息の食卓を囲む。


そんな時、思い起こして欲しい。


本当は何に成りたかったの?


人の一生なんてあっという間に消えてなくなる。


ならばやりたい事をやるがいい。


精一杯、生きて、失敗して涙の日を過ごしても夢を持って生きればいい。


一所懸命に夢に憧れ、一所懸命に夢の実現に向かうしかなかろう。


そんな生き方を子供達に歩ませたい。


耐えて忍んで、目標にまっしぐら。


勉強に、運動に、そして何かを勝ち取る為に。


そんな事を思いながら空手を教えている。


稽古の最後は、子供達の一人一人の目を見ながら頭を撫でる。


そして、心の中で祈っている。


「どうぞ、この子たちがいつまでも純粋な心を持ち続けますように」


「どうぞ、親不孝な子になりませんように」


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