胎教プログラム


「次男にも胎教の本を買ってあげたら良かったかなあ?」


家内が唐突に切り出した。


IQの高い子供を産むための教材の事は、すっかり忘れていて


そんなことがあったことすら私の頭からは消えていた。


26年前で10万円もしたということも、もちろん覚えてない。


家内が言うには「ばあちゃんに出してもらったのよ、そのお金。」


「頭のいい子が産まれたら塾に行かないだろうし、そしたら塾代が浮くから」


そう言って義母に出してもらったとは知らなかった。


家内は妊娠中、かなりの時間をその胎教の本に費やし、お腹の子供に話し掛けながら


一人でプラグラムにある塗り絵や平仮名を伝えていた。


私はというと「そうだったでしょ」と聞かれるまで事の全容は掴めなかった。


そのプラグラムのことは全く記憶の片隅にもなかったのだ。


その胎教プラグラムが本当に効果があったかどうかは分からない。


しかし、その子は確かに今年の医師国家試験に合格し医者になった事実だけは残っている。


5月29日、日曜の夜23:45、3月末に病院勤務になってから初めて彼の声を聞いた。


忙しい総合病院でなおかつ、体育会系だというレッテルが貼られている外科で


研修医生が始まったのだ。


いきなりの外科勤務ではさぞ辛かろう。


親として気が休まることはない。


アパートに帰れるのは月に3回ほどで、睡眠は3時間。


長椅子かソファーで夜を明かすのが外科だ。


先日、家内が、そんな空き家のような長男のアパートに行って掃除をしてきた。


聞けば、忙し過ぎる外科勤務なのに大好きな少年マガジンとサンデー、キングは


案の定、山積みになっていたらしい。


体力勝負の外科勤務でもマンガをいそしむ心の余裕があるとは何とも彼らしい。


ただ家内が26年前に胎教を素直に受け入れる気持ちがなかったら彼は別の人生を


歩んでいただろうと思う。私には自分の過去を振り返って辛い事はさせなくてもいい


だろうと多少妥協してしまう所があった。しかし家内はお腹を痛めて産んだ我が子の


将来にはあらゆる事で妥協はなかったように思う。


つまり医者を創るのは、その子の母親なのだと結論付けても無理はなさそうだ。


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