変化


スタンリー・ジョーダン三昧の日が続いている。


天国への階段イエスタデイオーバーザレインボウ


タッピングについては賛否両論あるけど、やっぱり凄い。


左でリズムを刻んで、もう一台は右手でリードするなんて見たことない。


彼の演奏を観てると、口を開けて間抜けな顔で見惚れてしまっている自分に出くわしてしまう。


三寒四温は桜が咲くまで続く。 そして花粉もまだ続く。


しかし、おおよそこの世の中には不変のものは一つもない。あと少しの辛抱だ。


お互い平穏な日々が続くと、ともすると今の平穏な日々がこの先も永遠に続くのではと錯覚してしまう。


それは人間である以上しようがない。 しかし我々は常に危険や変動、変化と背中合わせに


あることは忘れてはならない。


長い目で見ると大変な変化が起こっている。


昭和16年の小学校教員の初任給は50円だった。それが7年間で(昭和23年)2000円に。


9年後(昭和32年)には8000円だ。今は200000万円前後ではないだろうか。


74年間で4000倍になっている。


我々は、常に変化の中にいる。 だから、その変化に鈍感になってしまうのかもしれない。


72年前の東京で理髪店に行くと大人は、0.8円だった。 しかし、そのことは日本人の脳裏からは


消えてしまっている。 それはもっともなことだ。


その当時に生きていた方々の多くは、既に他界されているのだから。  


その他大勢の方は実感が湧かないのだ。


昨日117歳になられた大川ミサヲさんなら分かるかも知れないが、ご記憶にあるかどうか。


人間は、変化の真っ只中で生きている。


大事なことは、どんな変化があろうとも自分の一歩一歩の歩みは止めてはならないと言うことだ。


世間が変わろうとも、同じ事を続けていたとしたら、それはただそれだけで素晴らしい。


匠、業師というのは、そのことに長けた人。  ただ只管、同じことを何度も何度も繰り返す人。


これがなかなか出来ない。  自然の摂理に逆らって変わらずに居ること。 


いや、いつも同じことをやりながら、それを高めて行くと言った方がいいかもしれない。


実は、この掘り下げることが難しいのだ。 


様々な環境変化の中で執着すること。 


一芸に秀でるとは、そういうことなのだろう。


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スタンリー・ジョーダンの演奏は、正にその原点のようだ。


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