おざなり


浜井代表とKさんと三人集まればいつも楽しい飲み会になる。

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私はこの雰囲気が好きで、先週に続いての飲み会になった。


そんな楽しい飲み会で気分の悪いことが話題になった。


YouTubeの女子プロレスの試合を観てから気分がすぐれない。 まさにそのことだ。


格闘技をやったことがある人なら分かるはず。


体重差があっての馬乗りパンチはプロレスでは見たことがない。


それをやりたいなら、女子総合格闘技MMAか、日本ならjewelsでやればいい。


それを「魅せるためのプロレス」でやってはならないし、弱い人間が禁じ手を使って


勝ち誇った姿を観るのが腹立たしい。


世の中では体重差があっても、気にせず、軽い相手をやり込める人間がまだいるようだ。


川崎の中学生が殺されたというニュースを何度も見た後だけに、抑えきれない憤りを感じている。


イジメがあるという。 それは当たり前だ。 そんなことは今に始まったことじゃない。


ではどうすればいいのか?  簡単なことだ。 いじめられない、いじめの標的にならないことだ。


いくらいじめをやめなさいと言ったところで、なくなりはしない。 そんな綺麗ごとで済むものではない。


なら、いじめられないようにするしかい。


私はそんなことを思いながら子供達の稽古をしている。


子供達の中には、明らかにその標的になってしまう雰囲気を持った子供もいる。


そしてイジメる側の雰囲気を持った子供もいる。


私がいつも、その子たちのそばにいればいじめは起こらないだろう。


しかし、怖い人がいなくなると遊び心半分でイジメにかかる子供がいる。


ある領域を超えればいじめの標的にならないのに、その領域をこえられない子供がいる。


そういう子の匂いが私には分かる。 だから、その子が泣いても喚いても、スパーリングを


止めることはない。 その子も習性で、泣いたら親がなだめてくれて、助けてくれるという過去


があったのだろう。 だから容易に泣こうとする。 それも戦う前に。


相手は、それが分かるだけに、その弱虫を逃しはしない。


しかし、そこで一発でも返せば流れが変わるという場面がある。


その時に本能が目覚めれば、その子は、それから以降いじめにあうことはなくなる。


だから、その子なりのスイッチを見つけてあげねばならない。


雑草のように生きることで、いつでもそのスイッチは顕在化し、本能でことにあたるようになる。


その逆に子離れ出来ない親の過保護は子供をいじめの対象に仕向けてしまう可能性もある。


子供には生き抜く力がある。しかし、子供には甘える能力もある。


その甘えに親が背を向けない限り、その能力は百害あって一利なし。


子供が可愛い。それはだれでも同じこと。


しかし、その気持ちと我が子を強く育てようとする意志とはまったく別物である。


可愛い、可愛いで育った子供ほど、ろくな人間にはなっていない。


弱い者いじめは自然の摂理かもしれない。


しかし、その摂理に真向、対抗したいなら強い意志が必要だ。


さあ、そう思ったら、今からやろうじゃないか。


今をおざなりにするものは、先に行ってもおざなりだ。


未来を変えたいなら、今を変えるしかない。


ただ今一つ、ここで出会った縁を大切に生きよう。


そんな子供達の未来を力強くするために私は、今、ここに居る。


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