一つの事


何をするにしても、一つの事を続けるのは難しい。 時の流れと共に周囲の環境も変わってくるから。


そして年月が経つにつれて最初の情熱も薄れてくる。その上、何しろ熱しやすく冷めやすいというのは


多くの人が持ち合わせた性質なのだからやむをえないかもしれない。 


そうやってみると一つのことを続けられない方が普通なのではなかろうかと思えてきてしまう。 


しかし、それが難しいから、そこに価値があるということなのかもしれない。


何でもないようなことでも十年一日のごとくに続けている人を見ると何となく、それだけで尊敬の念が


湧いてきてしまう。 その尊敬は続けてきたその物事にではなくて、それを続けてきたその人の忍耐と努力


に対して湧き出てくる感情。 そしてその尊敬の念は信頼となり信用になる。


そんな人生を送る人を私は尊いと思う。 たとえ身はもろもろの苦労の中に這いつくばっていようとも


我が信念を貫き、忍んで一つのことをやり通せば、終いには悔いることのない人生であったと安堵する


のではなかろうかと思う。 


詐欺、窃盗の類が減らない。 振り込め詐欺は10月までで昨年の被害額364億円を超えたという。 


毎日毎日、同じような電話をかけ、お年寄りの善意に付け込んで懐を肥やしている輩が絶えない。


理にかなわないマイナスの心で荒んだ人生を送っている若者が如何に多い事かと愕然とする。


一時は、華やいだ世界を築くかもしれない。そして、世を謳歌する勢いを身に付けたと勘違いもする


かもしれない。 しかし、メッキは剥がれてゆくもの。人の負の思いを背負って生きていく人には


その跳ね返りを受けない人はいない。 やってはいけないことを、毎日毎日やってしまった結果


泥濘の世界に足を取られて身動きが取れなくなってしまう人生を生んでしまうというのに。 


約390億円にも及ぶ振り込め詐欺は、これからも増え続けるだろう。 その手口は巧妙化する


だろう。 そして、いずれお年寄りだけではなく、一般の弱者にもその手は及ぶのだろう。


その被害が1000億円を超える日が永遠に来ないとは誰も言えない。言い換えれば青天井で


その額は伸び続ける可能性がある。 ここまで来ると、その若者たちを諭す手立てはない。


言ってわかるレベルなら、元よりそういう生き方には陥っていないのだから。


ではどうしたらいいのだろう。 弱者より高度な判断力を有し犯罪を邪悪と考えていない若者は


この先も増え続ける。全てはゲーム感覚のバーチャルな世界と捉える若者を止めることなど無理


である。 そんなことが止るようであれば390億円を超える被害などあるはずもなく数年前に振り込め


詐欺という言葉すらフェイドアウトして消えていたはずである。 


我は思う。 この先どうすべきかは、そういう異分子を決して創ってはならないということ。そして 


将来の若者がその手口に、知らづ知らづ手を染めることのないように教えていくことに尽きると。 


巧妙化する若者を止めようとするからイタチゴッコになってしまう。 彼らを止めることは誰にも


出来そうにないと、そろそろ思い知らねばならない。その彼らが、この先どんな人生を歩んで


行くかは知ったことではない。 しかし彼らの力は侮れない。負のことであっても一つの事を


やり続けてしまうと能力は鋭利に研ぎ澄まされ、巧妙に法の網をすり抜けて行く術を身に付けて


しまうのだから。 一つの事をやり通する事とは、それほど恐ろしいことである。


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