喜多條忠


コーマーシャルが少なかったのでBSの歌番組かと思うほどでした。流石に後半は、適量のコマーシャルがありましたけど


途中までは、いい歌をいい雰囲気で聴けて、いい番組だなって思ってました。神田川、妹は声も昔のままでした。


この作詞は喜多條さん。どことなく他の作詞家とは違う趣にその場の臨場感を感じたものでした。でも本当に面白いのは、


この方の経歴。神田川や妹がヒットしたのに奥さんに逃げられ、あっさり一線から身を引いたのですから凄い。


その当時を振り返った記事にはこうありました。 


「つま恋から5年ほどたったころ、妻が家を出て行った。長女が小学校の低学年、長男は幼稚園に通っていた。


妻の荷物が消えた部屋で、川の字に寝た。真ん中で二人と手をつないで。一本一本細い指をなぞると、小さな骨の


感触が伝わってきた。この手がどんどん大きくなるんだな。親の都合で重い荷物を背負わせた。罪の意識を感じつつ、


強く生きて欲しいと願わずにいられなかった。5時起きの生活が始まった。「おべんとう365日」という本を頼りに、


子供たちの弁当を作った。仕事の依頼は断った。子供に寄り添うと決めていたから。そんな父子暮らしは、再婚するまで


一年半続いた。」 絶頂期に奥さんが出て行くのも稀、そしてその絶頂期に仕事を捨てて、子供の弁当を作ることを


選んだ人も稀です。 そういうことは出来るものじゃないし、またその当時を振り返ったこの文章にも人間味を感じます。


この人の凄いのは、復活してからもヒット曲を飛ばしたこと。キャンディーズのやさしい悪魔、暑中お見舞い申し上げます、


アン・ドゥ・トロワ、それ以外の歌手の多くも手がけられてます。 この方、もう64歳のはず。趣味は競艇。


やっぱり、それかな? 奥さんが出て行ったのは? でも人間味のある方には間違いない。そして天性の文才がある


のでしょう。 競艇は生まれ持った血なのか? 作詞の為の後天的な原動力なのか? わかりませんがその人の個性を


創るには必要な部分なのかもしれません。


今日の番組では小椋佳さんも出ていました。もういいおじさんというかおじいさん。でも「さらば青春」は27歳の銀行員


当時の作詞。 何でこんな文章が書けるの? 今のうちの会社、そしてお付き合いのある会社の27歳は、次元が


違うし、自分の27歳当時を振り返っても、こんな文章書ける訳がありません。「僕は呼びかけはしない、遠く過ぎ去る


ものに、僕は呼びかけはしない。かたわらを行くものさえ。見るがいい、黒い水が抱き込むように流れてく。少女よ。


泣くのはおやめ。風も木も川も土も、みんな みんな たわむれの口笛を吹く。」 何で27歳のサラリーマンが書けたの?


東大法学部卒だから? いいや、違う。 東大出でもバカはいるし、変な人も少なくない。 文才のある人が、たまたま


東大法学部を卒業しただけなんだ。 そう思うしかありません。 ならば喜多條さんの場合も文才がある人が、たまたま


競艇にのめり込んで奥さんに逃げられたんだって思うのが自然かもしれません。 いや、ちょっと待て、待て。違う違う。


27歳ころに何かを成す人は何かが違うのかもしれません。そういえば昔の文豪もそうです。森鴎外は東大医学部を


19歳で卒業し27歳で舞姫を書いたはず。 そうでした。 みなさん並ではありません。 納得です。 そうじゃないと


日露戦争の軍医として出兵した人が、その8年後に「高瀬舟」の喜助の心は描けなかったのではないかと思うのです。


世の中には 一般人の顔をして、並でない偉人が山ほどいることは忘れてはならないとあらためて思いました。


たとえ今は普通の人でも。いつ化けるか分からない世の中ですから。


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