親の顔


たとえば、電車で自分の席の前で老人が立ってるにも関わらず


平気な顔してスマホにふける中学生。


たとえば、プラットフォームから線路にゴミを捨てる高校生。


たとえば、禁煙エリアで人目を気にせず煙草を吸う大学生。


たとえば、整列乗車を気にせず車内で座り込む高校生。


彼らもやがて結婚し、子供を宿す。 


しつけを知らない、その若き新米夫婦はどうやって彼ら自身の子供をしつけるのだろう?


世間に恥ずかしくないだけのことを、伝えきらないまま


無責任にも世の中に、ほおり出した親たちがいる。


「ウソをついてはいけません」と子供に言いつけておきながら


ウソが蔓延る世間を受け入れる親がいる。


頭でわかっていても、なかなか行動に移せないのが「しつけ」。 


皮膚感覚で分かるまで何度も繰り返し、言って効かせるのが「しつけ」。


人の事より、まずは自分のこと。


子供のことより、まずは自分のこと。


自分の損得が一番大事。


自分が大事で、全てを損得で計算する人は世の中に少なくない。


「しつけ」は損得の外にあるもの。


「しつけ」は自分への見返りの外にあるもの。


「しつけ」はお金で買えないもの。


「しつけ」は一人の人を変えて一つの国を変えるもの。


その子たちが親になった時に「しつけ」を繰り返し伝えきる大人であって欲しいから。


その子たちが自分の子供以外の子も叱る大人であって欲しいから。


その子たちが大人になって電車に乗って「子供は立っていなさい」。


と言える人であって欲しいから。


弱い人の立場を守り、目上の人を大切にし、


そして自分だけ楽をせず、譲り合うことを知っていて欲しいから。


だから、私は口酸っぱく、ことあるごとに本人に伝え、すぐに改めさせる。


学校で学ぶことは、こういう土台があって初めて活きてくる。


学校はしつけを教える場所にあらず。 


学校は知識を習得するところ。


無暗に生き物を殺さない。 


物を盗まない。


ウソをつかない。


弱い者をいじめない。


人が困ろうが悲しかろうが、自分が困らなければそれでいいの? 


よもや、有名私立の制服を着たまま、ゲームにふけり


老人に席を譲らないような子供を創ってはなるまい。


「さあ、人間としてどうあるべきだろうか。」 と諭す人を一人でも増やして行きたい。 


その為に私は今を生きている。


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