誰かの心に


行き過ぎやり過ぎは、何だかしっくり来ない。


8年前、急に駅前留学のNOVAうさぎが姿を消した。


豪華な社長室だけは印象に残ている。


一度は経営破たんしたNOVAは今、また出直して頑張っている。


いい時には、すべてがうまく行くから調子に乗り過ぎてしまうのだろう。


頭が良くて、勢いがある人は、そこに突然曲がり角が現れることに気づかないのかもしれない。


最近、昔のNOVAと同じ匂いがする広告を何度もテレビで観るようになった。


社長はやはり若い。 勢いがある。


だから、危ない。 感覚的にそう思う。


夜の静寂の中で考えごとをするのは至福の時だ。


真夜中がゆったりできる。 そういう時を大事にしたい。


音楽を聴きながら目を閉じてもの思いにふける。


人生には、自分でコントロールできない出来事が突然現れるもの。


そんな出来事に押しつぶされ、パニックを起こしてしまいそうになる。


でも、「この後には必ず良いことが起こる」と信じたい。


いや、「そう信じること」が生き方のコツかもしれない。


やがて良い土地の縁と、よい時の縁、そして良い人の縁が何かを結び付けてくれる。


それを信じ、その何かが結びつく時を待つしかなかろう。


「帝王切開での出産、特に障害を持った子を出産した親は出産前、妊娠前の食と生活を


乱したことの証であり、一生かけて反省しなければならない」とつぶやいた医師がいた。


この辛辣な文字を残す医師は筑波大を出た41歳の内科医。


身勝手で強烈な言葉はダイオキシンに等しい。


梅雨の季節。 毎日暗い空が覆う。


降らば降れ。 吹かば吹け。 と自然の流れの中に身を置きたい。


人は、やがて狂奔の日々を振り返って自然とともに歩む道を探すことだろう。


以前、昔育った街を歩いてみた。


幼いころの記憶が蘇り、懐かしく、またすっかり変わってしまった風景に物寂しさを感じた。


同時に家族や友達の姿や言葉が思い出され、それらが自分の物の見方・考え方の原点になり


その後の自分を支えていたことに気づかされる。


時は過ぎ、時代は変わった。


私は時に過去をたどり、いつまでも変わらない自分の原風景に立って来た。


そうすることで明日に希望をつないで人生を紡いで来た。


自分の生きた証もまた消えることがなく、きっと誰かの心の風景に刻まれているかもしれない。


できることなら、その人達が苦しい時、逃げ場を見失った時、どうしようもなくなった時に


立ち返る拠り所になって、勇気を与えられるような、そんな生き方をして行きたい。


今は、そう思って生きて居る。


大切な人の心に届け。


今日の努力する姿が明日の喜びにつながるはずだと。


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